第39回個体群生態学会大会 公募シンポジウム
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2023年10月29日14時-16時 会場 (北海道大学 大学院地球環境科学研究院D201) 要旨登録(?~10/13〆切)
ヒグマの個体群管理を考える Idea for the brown bear population management.
企画者:松田裕之 横浜国立大学
趣旨: 北海道に生息するヒグマは、春グマ駆除が廃止された1990年以降、個体数の増加と分布域拡大によって札幌などの市街地に出没し、全道的に農業被害や人的被害をもたらしている。ヒグマの管理は問題を起こす個体の駆除を優先すべきと考えられてきたが、捕獲圧を強化すべきとの意見もある。本セッションでは、ヒグマ管理の現状、個体数推定手法の現状、絶滅リスクや個体数調整の可能性とその実施条件をわかりやすく紹介する。また、野生動物と人間の共存のあり方について議論する。
Since 1990, when spring bear extermination was abolished, brown bears (Ursus arctos) in Hokkaido have been appearing in urban areas such as Sapporo due to
population growth and expansion of their distribution area, causing agricultural
damage and human causalities throughout the prefecture. It has been considered
that brown bear management should prioritize the extermination of nuisance
individuals, but some argue that culling pressure should be intensified.
This session will introduce the current status of brown bear management,
the current status of population estimation methods, extinction risk and
the possibility of population control and its implementation conditions
in an easy-to-understand manner. We also discuss how wild animals and humans
should coexist.
講演予定者 講演時間・各20分
講演要旨
- *松田裕之・太田海香・Marko Jusup (横浜国大)・槙朗(数理生態モデル勉強会)個体数と問題個体数に基づくフィードバック管理
クマの管理は人なれした問題個体と人を避ける非問題個体を区別し、個体群の保全を担保しつつ、前者が引き起こす獣害を減らすことが目指される。これを実現するには、総個体数以外に、問題個体数の両方の過多によるフィードバック管理が必要である。しかし、クマの管理手引きでは総個体数のみによるフィードバック管理が提案されていて、不十分である。有害度に応じて段階を0,1,2,3に分け、およそ、0は人を避ける非問題個体、1は人を避けないがまだ農業被害や人身被害を起こしていない個体、2は農業加害個体、3は人身加害個体である(詳細定義は管理計画参照)。北海道では、出没個体の重複計上を考慮して、問題個体数の最大値と最小値を継続調査している。総個体数Bと問題個体数Nにそれぞれ閾値Bc とNcを設け、(1)B> Bc かつN<Nc、(2)B> BcかつN>Nc、(3)B< BcかつN<Nc、(4)B< BcかつN>Ncの4つの状態に分けて、それぞれの管理方針を考える(4相管理)。状態に応じ、非問題個体も獲るか、できるだけ問題個体のみを獲るか、問題個体も生け捕りにして学習放獣するかを使い分ける。(1)は最も望ましい状態であり、引き続き問題個体数の最小化を目指し、非問題個体の利用も可能である。現在は(2)の総個体数は多いが、問題個体数も多い状態と考えられ、問題個体の徹底除去とともに総個体数を減らす。(3)は問題個体の選択的捕獲を行い、(4)は問題個体も学習放獣などを試みるとともに、人間側の行動制限強化も検討する。ただし、市街地(排除地域)に出没した個体はいずれの場合も排除せざるを得ない。その周辺の防除地域、緩衝地帯、核心(コア)生息地に分け、段階ごと、4相別の対処方針をとることを提案する。(補足資料は以下。一部資料のPWは講演中に示す)https://ecorisk.web.fc2.com/2023/bears.html
Bear management strives to differentiate between nuisance and non-nuisance bears to reduce human-bear conflicts and ensure bear population conservation. Key to this effort is
feedback management, which continuously monitors both nuisance bear numbers and the overall bear population. However, “Bear Management Manual in Japan”
suggests focusing solely on the total bear population, potentially proving insufficient. Bears are classified into four stages based on their nuisance
levels: Stages 0-3 include non-nuisance bears, those not avoiding humans but causing no harm, bears responsible for agricultural damage, and bears causing
human injuries, respectively (see detail for the Management Plan by the Manual). In Hokkaido, monitoring tracks maximum and minimum nuisance bear counts,
considering duplicate sightings. Thresholds are defined for the total bear population (B) and nuisance bears (N), guiding management
strategies for four phases: (1)B> Bc and N<Nc,
(2)B> Bc and N>Nc, (3 )B< Bc
and N<Nc、and(4)B< Bc and N>Nc. Phase (1), most desirable phase, minimizes nuisance bears while utilizing
non-nuisance ones; but phase (2), the current state, reduces the total
bear population and comprehensive nuisance bear removal. Phase (3) suggests
selectively capturing nuisance bears; and phase (4) involves capturing
alive, learning about, and releasing them while considering enhanced human
behavioral restrictions. In all cases, bears in urban areas (eradication
zones) must be eliminated. The proposal advises splitting into eradication
areas, control areas, buffer zones, and core habitat areas, each with specific
policies for effective bear management. (Supplementary materials are: https://ecorisk.web.fc2.com/2023/bears.html)
- *釣賀一二三・間野勉(道総研)渡島半島地域におけるヒグマ個体数及び問題個体数の推定
ヒグマの管理では、個体数とともに軋轢指標となる問題個体数の動向を把握することが重要である。個体数推定では、初産年齢を除き10%の不確実性を前提とした繁殖、生存パラメータと、長期的な捕獲個体群構成試料を用いた個体群動態モデルを構築し、一定の仮定の下、独立した動向指標と一部地域における精度の高い個体群密度の情報を用いて、1969年から2020年までの個体群動態を推定した。亜成獣・成獣生存率94%、幼獣生存率65%、初産齢6歳、産子数1.8頭、出産間隔2.6年の条件で得られた期間内の5%値、中央値、95%値は、それぞれ1990年で878、1117、1396頭、2012年で1114、1815、2782頭、2021年時点で944、2040、3880頭となり、30年間で倍増(微増~3倍増)したと考えられた。個体数、あるいは信頼できる個体数動向に関する経年調査がないため、2012年以後増加しているか減少に転じたかは判断できなかった。
一方、問題個体数は、軋轢の程度による4つの段階(0:人間を恐れて逃げる、1:人間を恐れず逃げない、2:人間活動に実害をもたらす、3:人間に積極的につきまとう/人間を攻撃する)ごとに、収集した軋轢(出没・被害)情報を用いて推定した。軋轢の発生地点や発生年月日等を考慮し、一定の条件を満たすものを同一個体と見なして算出する。その際、発生地点間の距離の基準優先と日数差の基準優先の双方の場合について推定し、基準値を厳しくした「最大値」(距離・日数差とも短い)と緩くした「最小値」(距離・日数差とも長い)の2つの推定値を求めた。継続して軋轢情報が収集できた11市町村について、2001年から2018年までの問題グマ数推定値を集計した結果、段階2及び3の個体が最小値で40-80頭、最大値で60-180頭存在し、期間を通じて明確な増減傾向は見られず、問題個体の発生を抑制できていないことが明らかになった。軋轢情報の効率的な収集が、全道を対象として推定する上での課題である。
- 佐藤喜和(酪農大)北海道ヒグマ管理計画の現状と課題
ヒグマの個体数増加、ヒグマと人との出会いの多い地域で人慣れが進む一方、人の人口減少と高齢化に伴うヒグマ捕獲技術者の減少と高齢化、農業の大規模機械化、輸入価格高騰に伴う飼料用トウモロコシの作付け増加、生物多様性保全のための森と街をつなぐ生態系ネットワークの構築などにより、人とヒグマの軋轢が増加している。北海道庁は第二種特定鳥獣管理計画「北海道ヒグマ管理計画(第二期)」を策定し、軋轢を生む問題個体の管理を通じて軋轢軽減を図ることを目標に、問題個体の駆除、未然防除、普及啓発を推進している。しかしヒグマと人の関係の急激な変化に対応できるほどの人も予算も措置されていないため、計画実行状況は不十分で、また評価に不可欠な個体数や問題個体数、その他の密度指標や軋轢指標が評価できていない。野生動物管理には、軋轢現場で地域住民や捕獲従事者や市町村行政と密にコミュニケーションを図り、地域事情を理解した上で、計画やモニタリングの意義を伝え、協働する人材が不可欠である。ここに専門性を有する人材が配置されれば、効果的な軋轢軽減と同時に、対策効果を評価するためのデータも得られるようになるだろう。また軋轢増加に対応するため、ヒグマの暮らす森林(コア生息地)と人の生活圏(市街地等の排除地域と農地等の防除地域)、人の生活圏に近い森林(緩衝地域)に分け、各ゾーンに求められる対策を明確にしたゾーニング管理の概念を導入し、地域版実施計画の中で実行することが求められる。特に人とヒグマの出会いの多い市町村では、緊急的軋轢低下のため緩衝地域に定着するヒグマを低密度化して人慣れや人の生活圏への侵入を防ぐ対策を優先的に実施していく必要がある。さらにモニタリングを確実に実行するため、モニタリング計画を別途策定し、特定計画と並行して推進する仕組みが必要だろう。
- 齊藤隆(北海道大)揺れ動く自然観が問うこと
ヒグマはかつて根絶すべき対象だった。それが保護の対象に変わり、今また我々は彼らへの見方を変えようとしている。クマを自然の中に、社会との関係でどのように位置づけるのかについて、我々は真剣に向き合ってきたのだろうか。これまでのやり方では対応できない問題が起きているから「なんとなく」「とりあえず」違った見方をしてみよう、として来なかっただろうか。「根絶すべき対象」とする理由を文献でたどってみるとヒグマによる深刻な被害に加えて「ヒグマの存在は未開の象徴、文明の敵」という記述に出くわす。かつて、「文明国」(欧米を指すと思われる)では「プレデターコントロール」と称して、家畜などを襲う捕食者(特にクマやオオカミ)の根絶プログラムが実施されていた。開拓期の北海道では「文明国」を手本とし、オオカミの根絶プログラムが実行されたし、1966年に始まったヒグマの「春グマ駆除」の背景にもこの認識があった。しかし、根絶を目指した(と思われる)「春グマ駆除」は地域個体群の絶滅を回避するために1990年に廃止された。「春グマ駆除」を導入した理由は、被害と「欧米の模倣」である。また、廃止の理由にも「欧米の模倣」があったと言わざるをえない。廃止は、「生物多様性」という考え方が国際的に広まっていくのと時期が重なるからである。国際的な認識に敏感であることは必要なことである。しかし、「模倣」に止まっていては状況が変わればすぐに棄てられる。今、我々は「生物多様性」を棄て「根絶」(ヒトが自然を都合が良いように変えて良いとする考え方)に帰ろうとしているとは思わない。しかし、「生物多様性」から導かれる共生や共存のあり方を具体的に描けなければ、この考え方はやがて棄てられてしまうのではないか。クマ問題は我々の自然観の「軽さ」を突きつけているとして議論の口火を切りたい。
- 総合討論(司会:齊藤隆)
関連資料
- 北海道ヒグマ管理の計画・方針等
- ヒグマの会「ヒグマと向き合うグランドデザイン詳細版」(ニュース)
- 松田裕之「北海道ヒグマ管理計画への意見」 PDF Video(19分間)
- Ohta U, Jusup M, Mano T, Tsuruga H, Matsuda H (2012) Adaptive management
of the brown bear population in Hokkaido, Japan. Ecol Model 242:20-27
使用言語: 日本語
参加費
更新履歴
- 10/24:松田要旨に図を追加
- 10/8: 講演要旨掲載 。誤植訂正(公募シンポジウム)
- 9/13: 趣旨説明文、誤植修正(日本語と英語)
- 9/11: 関連資料(北海道ヒグマ管理、ヒグマの会ニュース、松田意見、Ohtaら2012)追加。会場サイト、要旨登録サイトにリンク (北海道大学 大学院地球環境科学研究院D201)
- 9/3: 使用言語を日本語と明記。
- 8/26: 個体群生態学会大会公式サイトタイムテーブルにリンク。「(案)申請中」の文字を削除
- 2023/8/16: サイト公開